裸婦像のある喫茶店
これは、お盆休みの最中、プチ迷子に出てたときに撮影した写真。
どこにしまってあったっけ、と思ってたら、ハードディスクの片隅からひょっこり出てきた。
埼玉県川口市内のどこかだったと思う。
たまたま通りかかった喫茶店、その玄関先でお客さんを出迎える裸婦像。
ちょっと角度違いがこちら。
姫路駅前通りの話題のときも書いたけど、美術館の屋内とかじゃなく、雨風にさらされ通行人の目にふれるような屋外にポツンと佇む裸婦像に、なんか萌えを感じてしまうタチだったりするのよね。
それなりに名の通った作者さんの手によるものなのか、それとも、庭石とか扱ってる業者に発注すれば手に入るものなのか。
お店の人に聞いてみようかと思ったんだけど、あいにく、お盆の期間中は休業という貼り紙があった。
だいたいの場所はわかってるんで、そのうちまた行って確かめてみようと思いつつ、延ばし延ばしになってる次第。
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コメント
このような裸婦像とか裸婦の絵画を見る度に作者はこのよな芸術作品を制作する時にどんな心情なのかと考えてしまう私です。
とうぜん目の前にはモデルの女性がいるわけですが芸術家という人種は裸の女性を見ても、いけない欲望に支配されてしまう事はないのか…と。
低俗な自分ならきっと芸術意識なんか吹っ飛んでしまいそうな気がします(^^;
投稿: オヤジ〜ラ! | 2009年10月15日 (木) 12時54分
若かりしころ、そして、今みたいに手軽にエロが手に入ることがなかった時代……美術の本に載ってる裸婦画(アングルの『泉』とか)で渇望を満たしていた私は、いまだに
「エロティシズムとは完全に切り離された、純粋な芸術としての裸体画」
というのは感覚的に把握できなかったりします。
頭の中の煩悩を形にするためイラストやCGに取り組んでる私は、写真や絵を参考資料にすることはあっても、生身のモデルさんと向き合った体験はないので、そこら辺の感覚はよく判りません。
というか、「自分の姿を写し取ろうと凝視する目」の前で裸となることに
「これ、お仕事だから」
と割り切れるモデルさんの心境も、なかなか想像を超えたものがあります。
投稿: 2のワンペア | 2009年10月15日 (木) 20時51分