« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

婚カツ@国家事業

 これも最近ラジオで聞いた話だったんだけど、書き忘れてた。

 小渕少子化対策大臣ほか何人かの議員から
「いわゆる『婚カツ』を、国の後押しで推進しよう」
 という政策の提案がなされているという。
 で、これに賛成か反対かリスナーに電話で尋ねてみるという企画。
 反対、という意見が目立ったが、賛成する人も何人かいた。

 個人的には、断固として反対、とまでは言わないけど、かな~り懸念は感じる。

 知人の女性で離婚経験のある人がいる。
 恋愛結婚よりはお見合いのほうが堅実だという考えがあったのか、ただ単に出会いのチャンスがなかったのか、とにかくお見合いで結婚相手を決めた。
 それが、この旦那、どうも家族や親戚が総がかりで「実直で仕事熱心な人」に仕立て上げてたらしい。
 結婚生活がスタートしてから、しだいにボロが出始めた。
 子供も大きくなったころ、軽はずみに転職したのが失敗で経済的に厳しくなり、奥さんは共働きを余儀なくされる。
 だが旦那、家事を分担するでなく、子供の相手をするでもなく、ただただ奥さんのこと「自分の身の回りの世話をしてくれる人」としか見てない。
 忍耐力の限界にきた奥さん、上の子が独立し、下の子が高校にあがったのをきっかけに、すっぱり離婚することを切り出した。

(ちょっと話が横道にそれるけど。
 私が以前勤めてた、倒産した会社。
 そこの社長はいろんな意味でしょーもない人だったんだけど、ただ一つ正しいことを言ってたと思う。
 それは
「夫が妻に対し『自分の母親に求めること』を求め続けたら、その夫婦は破綻する」
 ということだった)

 いや何が言いたいかというと、「お膳立ての整った結婚」というのは、結ばれるまではどうにかなっても、その後どうなるかは怪しかったりする……という実例を、一つ見てしまったということですよ。
 それを国家主導で(いいかえれば、お役所仕事で)大規模でやるのって、どうよ?
 それで少子化問題は万事解決、とはケツが裂けても言えないと思うんですがどうっすか?

| | コメント (6) | トラックバック (0)

走ルンです、とか

最近テレビで見たりラジオで聞いたりした話から、ちょっと。


フジテレビの『サキヨミ』で出てたんだったかな。
電気自動車というものを普及させるためのビジネスモデルが立ち上げられたという話。
いや、私のアンテナが鈍いだけで、知ってる人はもう知ってたのかも。

電気自動車でいちばんコストがかかるパーツは、バッテリーなのだという。
また、家庭用電源から電気自動車に充電すると、そこそこの距離を走れるようになるまで、結構な時間がかかるんだと。
で、そこらへんに注目したプラン。

電気自動車本体は、バッテリーを簡単に着脱できる作りにしておくらしい。
で、バッテリー抜きで発売するんだと。
当然、そのぶん本体価格は安くなる。
ユーザーは、“充電済みの”バッテリーを有料でレンタルする。
使い切ったバッテリーは返却し、新しい充電済みバッテリーと取り替える。
……というシステム。
バッテリーはあくまで「うつわ」で、「電気・および充電する手間と時間」だけを買う、という考え方らしい。

なんか聞いてて妙に懐かしい気がしたんだけど、何を連想して“懐かしい”と感じたのか、やっと思い当たった。
「写ルンです」だ。
あれ、よく「使い捨てカメラ」って呼ばれてたけど、実際は捨てるわけじゃなく、フィルムを取り出した後のカメラは再利用してるんだと聞いた。
お客さんが買い取るのは中のフィルムだけで、カメラはレンタル……と考えれば、なんか似てません?


上の話とは、まるっきり別方向の話。

京都のほうで
「飲み物に関して、お客さんには容器を持参してもらい、中身(お茶とかジュースとか)だけ販売するコンビニ」
というのが試験的にスタートすると聞いた。

これも聞いてて懐かしさを感じたんだが、こっちはなんで懐かしく思ったのか、すぐに思い当たった。
私自身は見たことないんだけど、昔はビンを持参すると中身だけ売ってくれる酒屋というものがあったらしい。
母親が、子供のころ父親(私からみてお爺ちゃん)に命じられ、自転車に一升ビン積んでお使いに行った……という話を、よくしていた。
そもそも江戸時代の酒屋はみなそうだった、とも聞いた。
母親が子供だったころって、その名残りが残ってたんだろう。


共通していえることは
「斬新なビジネスモデルに見えるものが、実は意外と、根本的な部分で似てるものが既にあった」
みたいなことは、結構あるんじゃないかということかしらん。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

鍵@情けない話

伊集院光さんが『深夜の馬鹿力』で、最近自分が体験した情けない話をネタとして膨らませてしゃべってるんだけど、ああいうふうに「泣きたい話」をメシのタネに転換できる人ってうらやましい。
いや、ただ愚痴ってるだけじゃ聞く人も鬱陶しくなるだけだから、面白おかしく演出する話術が大切なんだろけど。

先日のこと。
雨は降りそうにないし、予報では翌日は天気悪いということだったので、気分転換にとスクーターでぷらぷら走り回ってみた。
(細かいことは省くけど、仕事先では一日中屋内だし、くさくさすることが多くて)
ちなみにこのスクーター、前にカゴがついていて、走行中はショルダーバッグを放り込んである。
特に目的もなく走り回り、大型古書店とか見かけると掘り出し物がないか覗いてみる、みたいな感じ。

で、そろそろ夕方って時間になったんで、自宅に帰ってきた。
家族はみな出かけてるらしい。
そして、家のドアを開けようとしたところ。

鍵が、ない。

いや、鍵は小銭入れに入れておいたんだけど、その小銭入れそのものがない。

真っ先に心当たりとして思い浮かんだのは、戸田にあるブックオフに立ち寄ったこと。
(あとでGoogleEarthで確かめたら、自宅から直線距離で3.7キロほど離れたとこだった。あくまで直線距離で、実際はもっとくねくね走ったんだけど)
そこでちょっと用があり携帯電話を取り出したんだけど、携帯と小銭入れは同じ場所……バッグの外ポケットに入れておいたもんで、そのとき落っことした可能性が大きいように思えた。

小銭入れくらいはまた買えばいいし、中身の金額も大したものじゃなかったんだが、家の鍵が入ってるものを見知らぬ誰かに拾われてるんじゃないかということが、非常にヤバげに思えた。
で、ブックオフまでの3.7キロ(あくまで直線距離であって、実際は(ry)スクーターを飛ばした。

駐輪場に着き、確かここら辺、というあたりをくまなく見てまわったんだが、ない。
駐車してる車の下とかも覗き込んで見たんだが、ない。

交番に届けたほうがいいだろうか。
「いや、中身は大した金額じゃないんですが、家の鍵が入ってるというのが気になって……」
などと、おまわりさんに話す文句を思い浮かべながらスクーターのとこまで戻ってみたら。

あった。
スクーターの前カゴの中に。
ちょこん、と。

バッグの外ポケットからこぼれ落ちたのは確かだけど、地面に落っことしたとかじゃなく、そんなとこに収まってたのだ。
それが、カゴも小銭入れもともに真っ黒な色なもんで、目立たなくて気付かなかったのよね。

なんのこたない。
「まだ、あそこに無事に落ちてるだろうか。誰かが拾って持っていっちゃったんじゃないだろうか」
などと焦りつつ3.7キロ(あくまで直線距離であって(ry)をスクーターで飛ばしてる間、ずっとそばに居てノホホンと揺れてたんだ。

ということで、無駄に往復7.4キロ(あくまで(ry)スクーターを走らせるという、地球に優しくないことをしてしまいましたとさ、という話。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

六角スパ6買ってきた

090607_ww_magic3 6月5日の金曜日、六角大王super最新版が発売。
 この日は仕事でスッタモンダがあってヘトヘトな状況だったので、とにかく購入だけしてインストールはまた後日、と思いつつアキバヨドバシに寄った。
 ざっと売り場を見渡したのだが、すぐに見つからない。よく見たら、CGソフト売り場のいちばん下段の棚に並んでた。
 そういう扱いなのね。

 土曜は睡眠導入剤を出してくれる診療所に行く日(そういえば前回行った帰り、飛び降り自殺の現場に出くわしたんだっけ)。
 天気がビミョーだったのでスクーターでなく電車で行った。
 そんなこんなで、最新六角をインストールして使ってみたのは昨日の夜になってからのこと。

 ずいぶん機能がアップしてるらしいので、どれくらい重くなってるかという心配があったのだが、拍子抜けするほどサクッと起動。
 いちおうメモリは「XPじゃこれ以上積んでも意味がない」4ギガありますしね。

 今回注目してたのは、六角superでは初めて
「他のソフトに渡さなくとも、六角単体でレンダリングが出来るようになった」
 こと。
 初めての要素なので、とにかくチュートリアルに忠実に、サンプルデータを呼び出していじってみる。
 これが……かな~り、遅い。
 サンプルデータの「ソファやらなんやらが並んだ室内」を「上級設定・よりリアル」でレンダリングしてみたら、長辺500ピクセルの画像を書き出すのに1時間40分かかった。

 冒頭の画像は、串刺しワンダーウーマンを「初級設定」で書き出したものだけど、これでも12分ほどかかった。
 POV-Rayで書き出したこっちの画像は10秒とかかってないんだけど。

 その後も何点か、作りかけのものをテスト的にレンダリングしてみた。
 できあがりの感触に関しては……なんちゅうか、その、漠然とした印象なんだけど……POV-Rayで書き出したものに比べて
「実際にそういう物体をそこに置いて写真に撮ってみた」
 的なリアルさがあるように思える。
 以前にゃんさんのブログで
レンダリング法が違うと、こんなに違う
 という実験を見せてもらって以来、気にはなっていたのよね。
 そこらへんからすると、時間かかっちゃうのは仕方ないかもしんない。

 それとPOV-Rayで書き出す場合、テクスチャ設定を書き直したり、カメラや照明の位置を微調整したり、あれこれ下準備も必要だし、思いついたものを勢いに任せて作り進めたいときには(こんなんとか)やっぱ単体でレンダリングできるのが便利。
 どっちを使うかはケースバイケースで決めていくことになると思う。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

80年代映画

 こないだの『スマステ』のテーマは「80年代の映画」。
 公式サイトにレポートが上がったんでリンク貼りますね。
 ここで便乗して、いつか書こうと思って書きそびれてたこととか書いちゃおう。

【第19位 ゴーストバスターズ】
 理屈ぬきで楽しむべき映画なのかもしれないけど、なんかこう、そこかしこにアメリカ人じゃないと100パーセント堪能できないニュアンスが隠されてたような気がして仕方ない。
 あのマシュマロマンってキャラには、何か元ネタがあるのか、とか。

「俺たちがこんなに忙しいのは、世界の終わりが近づいてるからかもしれないぜ」
 ってセリフにも、キリスト教の死生観について(あるいは「お化け」というものの考え方について)考えさせられるものがあった。
 後に何かの本で、
「幽霊やゾンビの総称である『アンデッド』という言葉には、『死んでなきゃならないのに死んでない不埒者』というニュアンスがある」
 ということを知ったんだけど、それがすんなり受け入れられたのも「ゴーストバスターズ」のあのセリフのおかげだったと思う。 

【第17位 ロボコップ】
 あの人、サイボーグなのに何故“ロボ”コップって呼ばれるのかってこと、ツッコミを入れる人は多くありませんでした?
 たぶんあの世界の法律では「引き取り手のない死体」は「誰も所有権がない、一個の物体」として扱われることになっているんだろう。
(いや、現実の今のアメリカの法律がどうなってるのかは、よく知らんのだけど)
 んでもって、マーフィーは記録上「いちど死んだ」ってことになってるんで、「人権の無い“物体”」を部品にして作られた以上、それは“ロボット”であると。

 ぎこちない動きで、敵の攻撃をガンガン受け流しつつ、バシバシ銃器をぶっ放す姿は
「歩く重戦車」
 っぽかったですな。

【第16位 ランボー】
 スタローンという人はあまり好きでもないんだけど、自分で自分の傷口を縫うシーンが特殊メイクじゃなかった、と聞いて、今さらながらスゴイ人だったんだと知った。

 でもしかし個人的には、スタローン映画よりシュワちゃん映画のほうが好きだったりする。

【第13位 グレムリン】
 公開当時、やたら宣伝で
「この映画には『約束を守ることの大切さ』というメッセージがこめられている」
 みたいなことが言われ、なんかそれはビミョーに違うんじゃないかなぁ、と思った記憶がある。
 映画にしろ小説にしろ、そこから何を汲み取るかは受け手次第なんだから、押し付けんなよ、と。

 個人的に、この映画からメッセージを読み取れと言われたら答えるのは
「すべての物事には、見えない側面がある」
 ということかしらん。
 見たかぎり、スプライト(ギズモの分身で、グレムリンに変身しちゃうやつ)はグレムリンになる前から性格が悪かったようなんだけど、主人公がそれを見抜けなかったこととか。
 あと、ヒロインがやたら
「クリスマスなんて嫌い」
 という理由が後になって明かされるくだりとか。
 そういう「物事が持つ、目に見えない側面」に目を凝らしていかなくちゃならない、ということじゃないだろうか。

 それと(言っちゃ悪いが)この映画、
「一作目は良かったけどパート2が駄作だった映画」
 の筆頭に上げられるんじゃないかと思う。
 あれは、パート1を観ていた人限定のパロディ映画みたいな感じだった。

【第9位 ダイ・ハード】
 ホイチョイ・プロダクションのエッセイに
「ハリウッドの大作は、たとえアクション映画でも、脚本の内容が濃い」
 ってことの見本として紹介されてた気がする。
 そういわれながら観てみると、たしかに
「やっと主人公に助けの手がさし伸ばされたと思ったら、それを上回るように敵が手ごわい」
「けど、その敵の隙をついて主人公が反撃」
 などなど、「押したりい引いたり」の加減が絶妙だった。

 ところで、被害にあい戦闘の舞台になるのが日本企業のビルで、悪玉のボスがドイツ系って、どうよ?

【第6位 ターミネーター】
 一作目と二作目、お金のかけようの違いにワロタ。
 二作目以降CGバリバリのイメージが強いんだけど、一作目の悪役はときどきちょっと特殊メイクをして出てくるシュワちゃんで、クライマックスのメカメカした姿もCGじゃなく人形アニメだったような。

 そういや、その後はガンガンお金かけまくって映画作るようになったスピルバーグさんも、出世作の「激突!」は低予算作品だったのよね。

【第5位 インディ・ジョーンズ】
 冒頭の大玉ゴロゴロの場面は、いったいどれだけの場所でパクられたことか。

 初公開時のテレビCMのキャッチフレーズが
「巨大な面白さが襲い掛かる!」
 ってもので、どんなもんかと思って観に行ったら、誇大広告じゃなかった、と感じた記憶がある。
 ある意味、感動しましたよ。
 見る人をワクドキさせるために、あれだけアイデアとエネルギーを注ぎ込めるということに。
 終盤のアーク開放のシーン、たしかまだCGが一般的になる前の時代だったと思うんだけど、いま見ても迫力あるし。

【第3位 トップガン】
 この映画は観てないんで、よく判りません。
 ただ、今回番組でも紹介されてた
「戦闘機とバイクが併走するシーン」
 もしかして「マクロスF」のオープニングのあのシーンって、この映画へのオマージュだったのかしらん。

【第1位 バック・トゥ・ザ・フューチャー】
 公開当時、新聞広告に各界著名人の賞賛の言葉が載ってたのを目にした記憶がある。
 全員は覚えてないんだが、星新一さんと明石家さんまさんがいたのは確か。
 さんまさんはともかく、評論ではわりと辛口な星さんがベタ褒めだったんで印象に残ってるの。
 つらつら思うに、星さんが舌を巻いたのは
「タイムマシンの動力源」
 ってことに着目した点で、結果
「時間を越えられるタイムマシンが、時間に縛られてしまう」
 って皮肉を描いたことだろう。

 そういえば「ユーズド・カー」って映画も、これと同じスピルバーグ&ゼメキス作品だったと記憶してるんだけど、やっぱ「車が主役」で「クライマックスは時間との戦いになる」という内容だった。

 だがしかし、一作目のラストシーンを見たとき
「一種の自己パロディみたいなもの」
 と思い、ほんとにあのまんまパート2に繋がることは予想してなかった、ってのは私だけですか?

 でも、
「一作目は、『両親が結婚する前』という比較的近い過去に飛ぶ話」
「二作目は、過去へ未来へ行ったり来たりする話」
「三作目は、西部劇時代という遠い過去へ飛ぶ話(しかも、タイムマシンを動かす条件が一作目と逆)」
 とシリーズを通してバリエーションに富んでたし、全体的に密度は高かったと思う。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »